受験勉強レポート

G.D君 2013年駒場東邦高校卒
東京大学理科V類進学

これは理系の受験生へと向けたメモです。内容は私が常から申していることでありますし、あるいは見当違いであるかもしれません。しかし私は大真面目に信じ込んでいることなのです。これが少しでも皆様の刺激になればと存じます。
日頃の問題演習における姿勢のはなしです。姿勢といっても、身体のはなしではありません。皆さんは自分の学習の型を各々持っていらっしゃいますが、その型についてのはなしです。 数学や理科の問題に取り組むときに、解けない、解らない、あるいは、すぐに解答を見て解き方を確認する。二つのあいだをとって、しばらく考えてみて駄目であるようなら解答を参照する、というやり方もあります。 どのやり方にも長短があるでしょう。私がここで述べたいのは、分かるまで考える、ということの肝心さです。これを実践している人が少ないように感じるのです。
なぜ、分かるまで考えることが大切なのか。
一つには、入学試験の会場において制限時間内に行うことを求められるのは、分かるまで考えることそのものであるからです。初見の問題に対して(もちろんヒント無しで)点数の貰える解答を記述する。この作業こそが、本質であるからです。となれば、試験対策というのはこの作業の反復練習であるべきです。少なくともそれを含んでいる必要があると考えられます。
また一つには、大学以降の学問の場では、解答の未だ見つかっていない、解き方さえ未だ確立されていないような問題に取り組まなければならない、というのはままあることだからです。そこには、分かるまで考える、という姿勢が生きる世界が広がっています。それが未知の領域であればあるほど、じっくりと考える姿勢は重要になるでしょう。
最後にこのやり方が学習法として優れている、と考えるからです。必死で頭を振り絞ると学習内容の定着も良いだろうということです。(この云い方が説得力を持つかどうか?)復習の回数を重ねることが重要である、とおっしゃる方もありますが、むしろ初見でどう取り組むかということの方が記憶の残り方により影響するように思います。
すぐに解答を見る、というやり方は一問にかかる時間が短いので、効率の良い勉強法である、という意見にも一理あります。しかし、そればかりでは試験会場で行う作業の練習にはなりません。分かる問題なぞはどうでも良く、分からない問題の捌き方が重要なのです。その練習をしなければなりません。
分かるまで考える、というのは、何も見るなということではありません。教科書や参考書のページを繰りながら、で良いのです。分からない事柄を調べる、という姿勢はとても重要です。あちらこちらを調べても良いが、ただ、解答だけは見ない、ということです。これは大学以降の研究にそのまま使えます。今の段階で分かっている知識をもとに、未知の問題に取り組む、ということです。もちろん最終的には、全て必要な知識をもとに、未知の問題に取り組む、ということです。もちろん最終的には、全て必要な知識を頭に入れたうえでの(何も参照せずとも良い)問題演習が望ましいものです。それが試験本番での自らの姿であるのですから。
知識を頭に入れる迅速な手段として問題演習を用い、分からなければすぐに解答を見る、というやり方も良いかもしれません。しかし、分からない問題に最後まで自力で取り組んで解決した、という体験も試験本番までには充分積んでほしいと思います。
じっくり考える、というのに慣れると、だんだんと楽しくなってきます。自力で分かったときの喜びもまたひとしおです。安逸に流れることなく、また焦って効率ばかりを求める心を抑え、いちど試してみてはいかがでしょうか・・・?